インフルエンザでぐだぐだになりながら用例をみている。
他人の分析読んだり授業で解説聞いてて思うんやが、
「(ある言語事実を)分析のためにはこう扱っておくのが便利」
といったコメントは、一体何なのだろうか。
・・・といったんは長々と愚痴を書いたが、
最後らへんはほとんど界をリードする「形態統語的」記述をする人たちへのメッセージみたいになってもたし、大きいこと言うほど自分も用例みてないので、
いつか誰かに説教する立場にならない限り心にしまっとこうと思う。
あと嫌いな言い回し羅列しとこう。
●「〜してやると〜/してやれば〜」
⇒たぶん理系の方がたも使ってると思うので一概にはいえんのだが、
下記のようなコメントを聞くとなんだかなぁ、と思う(生成ぽい用語はデタラメです)。
「proをおいてやるとわざわざ〜を考えなくても良くなりますよね」
●「すわりが良い/悪い」「良い/悪い文」
容認可能性の判断について潔く「そんな文使いません」「自然/不自然」といえばいいものの、
言葉を避けてぼかして言うてる気がしてならない。
「すわりが良い」てブラマヨ小杉か。笑
学会発表とかで
「〜だと悪い文だと思うんですけど、間に『〜』を入れてやれば多少すわりが良くなるかなと思うのですが、いかがですか」
なんて質問もらった日には、壇上で急激な腹痛に襲われることだろう。
おとうの応募作が文學界新人賞の3次予選まで残った。
その先の10数篇には届かんかったが、61/2000。
どんだけ長生きしても、俺が生きてきた時間と同じくらいしかおとうはこの世におらんのやなと思うと、
61/2000から10篇にたどりつくまで、残りの人生の1年1年を削っていくようなことになるかもしれんけど、
書いて誰かに認められることで、少しでも心穏やかな時間をすごしてほしいと思う。
時間が尽きることのないように、ほんで、脳梗塞とか、言葉をつむいでいくための力を奪う病気にだけは負けんといてほしい。
がんばって。
「ハワイの〜」打ち込みバイトも佳境でございます。
寝れんのか!
10月13日(火)
22:30 箕面の復活書房/Book Offに文庫本を仕入れに行く。
24:00 帰宅
25:00 カード作り
29:00 作業終わり 4時-5時が1番集中できてた。
29:15 朝食 このテンションで卵系が失敗しなかったのは奇跡
29:45 眠くなるまで「ハワイの〜」打ち込み作業 これもそろそろ終えねば
30:15 寝る
10月14日(水)
10:00 起床
10:30 出発
10:50 学校着 水3の和訳
11:50 塩田と4食で飯
12:35 「八甲田山死の彷徨」。第二中止・後置詞多い。
13:00 言語接触論ゼミ
14:30 チューティーの時間割決めたあと、生協・ソラでコピー作業。
16:20 卒論・修論ゼミ
19:00 発表者2人やし中間発表等も迫っていたので。島根なにで行こうかなぁ〜
19:30 今日は家で作るつもりがお腹すきすぎて結局外で食べてしまう。しゃーない。
20:00 蛍のスタバで「八甲田山〜」を読みきってしまう。昔映画見たけど健さん、緒方拳、大竹まことぐらいしか覚えてない。健さんと緒方拳はちゃんとした役やったけど、若かりしころの大竹まことは端役、しかも露営地で汗が凍って最初に死ぬ一兵卒の役でした。なんじゃそら。
21:15 コープで朝ご飯系の食材を買って帰る。梨の季節はもう終わりか。リンゴがお買い得でした。
22:00 帰宅
22:30 カード作り さすがに最大集中は無理か
23:30 電話
26:30 今
明日は朝洗濯して2限から学校行くか!

自分の性格のことは何度考えてもどうしようもないので
(ここに書くことは結局「ちやほやしてもらいたい」欲求を丸出しにすることになるので。
というかこのstatementもそれをチラ見せしてる、というのはご愛敬。)
書くべきこと、残しておくべきことを書こうと思う。
課題も全然進んでねーけど。
先週の今日、阪大バレーボール同好会のOBOG会があった!
幹事だったし、楽しい会だったので残しておきます。
朝バレーして昼もバレーして、夜は梅田で飲み会という、伝統の会でございます。
朝バレー → 20人(スカイなのに!遠いのに!)
昼バレー → 60人
飲み会 → 75人
てか社会人のおっちゃんら(というにはまだまだ若い、30代前半ぐらいの方々)、
バレーも酒もちゃんとしてて(?)尊敬の目で見ておりました。
結局バレーはそれより若い人で組んだチームでは一勝もできず…
さすが、リーグ優勝を経験した代やとは思うけど、
やっぱり社会人なりたて5年目くらいまでの若い代はまだ落ち着き、余裕、
そういったものが足りないのかも・・・と思った次第です。笑
てか、飲み会でも現役含め31〜28期ぐらいの人たちがまんべんなく潰れてて
(現会長、ま○ば→次の日東京、とよふく→シューズ忘れんな!笑 たて○さん→当日ドイツ帰り、曽○さん→遺失物ほんまご愁傷様です、よこ○まさん→潰れてるの見たことない)
バレーやめてお酒弱くなったのかなぁとか、
社会人になってからはやっぱあんまりつぶれるほど飲めないんやろなぁ、
とか思いました。
最終的には、ハードなスケジュールを押して来て下さって、
そこで潰れるほど飲んでしまう、というのはやっぱりこのサークルは
それだけの楽しくて安心感があるもんなんやろな、と思いました。
幹事としては迷惑どころか、非常に幸せな会でございました。
ま、残念やったのは、幹事やったのに、というか幹事やったからやろな、
上のOBさん含めいろんな話する機会があんまりなかったことかなー。
ちょっと上の人と思い出話したり、同回や現役のみんなとぶっちゃけ話したかったけど、
なにぶん途中でどっかいくことが多くて、あんまりまとまって話はできんかったねー。
(酒はまとまって飲んだけど!!いやほんまに!朝から何も食べてなかったのにここ1年ぐらいで一番飲んだよ!!楽しかったから良いけど!!よー潰れたりお金なくしたりせんかったなと思う。笑)
幹事としては準備段階からほんまふがいなくて
(ここからは高校の文化祭の反省会みたいな俺全然だめやったけどみんなの力でなんとかやり通すことができたよみんなありがとうそしてこんな謙虚な自分大好き愛してる的なノリになりますがあえて。)
3回のときに現役代表で参加して、俺も2年後この会仕切んのかー、
そんときは31期も解散しててみんな社会人で参加すんのかーとか思ってて実感なかったけど、
今年のゴールデンウィークに濱田さんから引き継ぎあって作業のめんどさに愕然!!
てか時間ないし!教育実習もあるし!
ということで先延ばし先延ばしにしてしまい、
いろんなことをギリギリでやって、それでも何とかうまいこと運営できたのは、
●毎度場所とプリンタを提供してくれた塩田、うどんパーティうまかったな
●俺と塩田が熟睡しても作業を続けてくれた北原、プリンタ供出ありがとう
●幹事手伝ってくれた浦田、ぜひ当日も来てもらいたかった
●体育館を取ってくれた現役森下
●飲み会の場所の相談に乗ってくれたとよふく、そしてキリストンカフェを紹介してくれた3期の先輩
●突然の電話にも快く応じてくれた前回幹事のみなさん
●これまた突然のバレーボール提供・飲み会召集に応じてくれた現役幹部たち
●案内状の返送から当日まで、会をよいものにしてくださった先輩方
のおかげ以外の何物でもありません。
ここでもズボラさが抜群に発揮されました(塩田家で作業途中/後に熟睡、当日集合時間起床、など)が、そしてまだ実は作業残っていますが、
みなさんのおかげで無事事故もなく終えることができました。ありがとうございました!!
しかしこの会がオレに与えた肉体的・精神的ダメージは壮絶なものであった(ウソ)。
潰れず眠くならず、しかも全く気持ち悪くならなかったのは奇跡に近いと思うが、
その代わり、ふらふらのベロンベロンになって蛍池駅前のローソンで
なぜか慇懃無礼なお礼メールを諸方に乱発(31期のみんなごめん)し、
なおかつ岡町の塩田家まで徒歩で逆走するという始末(これはべつに酔ってたからじゃないけど。笑)
塩田、朝まで寝てしまって最後までゴメン!でもまだ作業あるしまた寝ると思ふ。笑
そして、この酒しか飲まなかったこの日から、食が乱れに乱れてしまい、
今に至る。山東先生にお会いした日を除けば一日一食以上食べれてない・・・
作る気はもちろん、外に出て一人で食う気力もない。
てかみんな帰省してるし、後輩に声かけるのもなんかなーだし、
これは食欲がない、というよりはやっぱ寂しいのが原因でしょう!
何か頑張るのに人が見ててくれないという、誠に手間のかかるヤツだなぁと自分でも思うけど、
今のところはそれが本質なんよね。
チヤホヤされたいのと過去志向なのはもう俺の一生の課題。
問題は、それはそれで直していくとして、その課程でもう人を傷つけないことなんよねー。
(このstatementもまた「そんなことないよ!そのままでいいよ!」というフォローを意識的/無意識的に求めてるもので、結局はこのループからは抜け出せないのです。)
てか、サークルの思い出は楽しすぎて、そして今の生活が全然楽しくなくて、
オレは何かあるといつも昔を思い出してしまう!
後ろむきに後ずさりしても前には進めるかもしれんけど、やっぱりそれはかっこ悪いし、推進力としては弱いよね。
今を楽しくするには、どうしたらいいんやろう?
人とのつながりに楽しさを見出すときに、同好会以上の人間関係が、この先見つかるだろうか!?
オレはそう簡単に見つかるもんではないと思うし、
だからこそすばらしいサークルやったと思うし、
こんなこと言ってる間(能動的に楽しみを求めていけん間)では、どうにもならんと思う!!
客観的にみても、研究が楽しくてしょうがない、ということにはなりにくいんじゃないかと思う。
やっぱり、つらい部分があってこそのライフワークやと思うから。
うん、やから答えははっきりしてる。
オレがもっと楽しいことを志向していかなあかんのやと思う。
話せる人間がおらんのやったら、探さなあかんのやし、
チヤホヤされたかったらそれに見合うだけの努力をいろんなフェーズでせなあかん。
残念ながらこの1週間は精神的にも肉体的にもグダグダやったけど、
先生と話したり、ここに思うだけ書いてスッキリしたら、課題ちゃんとやってそれでノッていけたらな。
・・・と思う次第であります。
まぁ何やね、学部生のころからそやけどこの時期(お盆)はなんか鬼門やね。
周りに人がいなくなると途端にダメになる季節やわ。
まーなんとかしましょう。沖縄もあるし。
寝る。

久しぶりの更新。
6月あたまから2週間の教育実習について書き残しておこうと思う。
●状況
母校(及びわが部活)を襲った災難のため、
一時は日程も定まらなかった実習だったが、先生方の努力と
「日程を後退させると負けた・逃げたという気持ちになる」という
強い気持ちで、予定通り、休校明けと同時に実施されることになった。
(実際にはその直前の土曜日に生徒には集合がかかっており、
厳密に初登校、というわけではなかったようだが、
それでも月曜日には何組か取材か来ていた)
●スケジュール
初日に各オリエンテーション。
現校長とは初めての顔合わせ。若い。
まずはやはり今回の一件について。
来る前は、学校側はやれることはやったから批難される覚えはない、というのは
愚痴じゃないか、学校側の論理でしかないのでは、と思っていたが、
よく話を聞いて判断すると、異変に気づいてからの動きはほぼ無駄のないものだった
ように思われたので、先生方がそのあたりに堂々とした(というか、卑屈になっていない)
姿勢をお持ちなのが納得できた。
保健部・進路指導部・生徒指導部など。
生徒指導部の先生は現役時代、鬼と恐れられていた某部の顧問だったが、
この日の話では生徒指導(自治会・生活指導)についての真剣な態度を見せてくださった。
(この書き方だと僕がその先生を嫌ってたりその先生に怒られたみたいやけど
そういうわけではないので念のため。あくまで一般的な認識。笑)
とりあえずここまで。